Kate Bush
ケイト・ブッシュ



  ← Side 1

  THIS WOMAN`S WORK






  レコードジャケット表 ↓

英国ケント州の出身です。
1958年7月30日、医者の家庭に生まれました。
グラマスクール(大学進学を目的とした中等学校)に通学していた頃から、すでにソング・ライターとしての才能を発揮していたようです。
なんと、たまたま自宅に立ち寄ったピンクフロイドのD・ギルモアが、この少女の才能を認めたとのことですが、たぶん実話だと思います。
音楽だけでなく、リンゼイ・ケンプに弟子入りして、パントマイムやダンスのレッスンも受けています。
この時のパントマイムやダンスは、ステージなどの音楽活動に生かされ、サウンドと一体になったパフォーマンスは、ケイト独特の個性となっているんですよね。

デビューは、1978年にリリースされた「THE KICK INSIDE」で、EMIからでした。
ブロンテの名作「嵐が丘」に題材を求めた1stシングル「WUTHERING HEIGHTS」が、リリースされると直ぐに全英チャート1位に輝いています。
ケイトの素晴らしくチャーミングな容姿は、全身に漂うコケテッシュな雰囲気と合わさって、「天才少女」とか「妖精」などとも呼ばれました。
クラッシックとロックの融合したようなピアノの弾き語りと、頭に抜けるようなハイトーン・ヴォイスで歌い切るスタイルは、どこか前衛的、幻想的、魔女的?な雰囲気を漂わせるアーティフルなものです。
「THE KICK INSIDE」は、女性の悩みや苦悩などの内面性を深く掘り下げた歌詞と緻密な曲の構成など、隙のない完成度と緊張感があって、アルバム全てを聴き通すと、ぐったりと疲れたのを覚えています。

  ← Side 2

  BE KIND TO MY MISTAKES



  EMI P1989
  EMPD 119





HPを見て下さった方から、メールで貴重な情報を頂きました。
大変参考になる資料ですので、ご本人のご承諾を得て掲載しました。

こんばんは。
ケイト・ブッシュで検索していて見つけました。
『グラマー・スクール』の事。
あの書き方では、わからないのでは?
それは、私立の中学と思って下さい。
但し、ケイトは学校が嫌いでした。
それで、行っていた女子高校を中退します。
彼女は医師にはじめなりたかったのですが、理系の科目が苦手だったので断念。
音楽の方に進みたいと思ったのですが、実際はデビューの際、大変苦労しました。
デイブ・ギルモアは、ケイトの兄の友人で芸能界にいた人の同級生だったといいます。
この人がケイトの紹介をし、デイブがケイトの唄を聞いて気に入る。
その助力を得て、再度レコード会社に売り込みますが、また駄目。
そして最後のチャンスと、デイブがお金を出して本格的に3曲録音し、そのテープを出してやっとレコード会社にウンと言ってもらえたのです。(その2曲は、デビューLPに収録)
87年に英で出た、優れた資料本に以上の殆どは載っていますよ。
ご参考まで。

                            By 大野


12インチのピクチャーレコードも掲載しています





TOPへ戻る    ピクチャーレコード7インチへ戻る