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バニーガールやウエイトレスなどをしながらシンガーを夢見る少女デボラ・ハリーが、クリス・スタインをバンマスとしたブロンディ−に参加し、ニューヨークのアンダーグラウンドで活動をはじめたのが1975年頃でした。
76年にシングルの「エックス・オフェンダー」アルバム「妖女ブロンディー」でメジャーデビューすると、そのデボラ・ハリーの妖しい魅力?とテクノポップス・ニューウエーブのブームに乗ってブレイクします。
アメリカ以上にパンクの流行ったイギリスで、アルバム「恋の平行線」がヒットチャートの1位に輝き、続いてアメリカでもシングル「ハート・オブ・グラス」が1位になりました。
その後もヒットを連発し、映画「アメリカン・ジゴロ」の主題歌となった「コール・ミー」や「夢見るNo.1」も全米ナンバー1、更に、81年に「ラプチュア」がラップ・ソングで全米1位に輝いています。
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